来年3月の計画ではありますが、出雲大社参拝のお誘いをいただきました。
名古屋からは遠いので、正直、迷いはありましたが、飛行機や宿など既に申し込みました♪

さて、出雲と言えば「神無月」に神々が集まり、皆で相談し御縁を下ろしていただける。
故に出雲では「神在月」と、認識されている方が多いと思われますが、どうやら、そんな簡単な話でもなく、神様が出雲の地を回られる順番も、帰られる順番もあるそうですよ。
ここで後出しになってしまいますが「神無月」について。
人様のブログに図々しくコメントを入れさせていただいて申し訳なかったのですが、
「神無月」の「無」は「の」であるという説があります。
「水無月」、梅雨の雨が多いのに「無」とはおかしくない?
私も神道を勉強するまで、「そう言えば変よね」くらいだったのですが、「無」は「の」のあて字と聞いて納得。
何故ならば「神無月」には神嘗祭や収穫祭、例大祭が神社で行われるのに、神社に神様がお留守で良いのかななんてね。
爺ちゃん婆ちゃん世代で「神様は、今、出雲にお出ましになられているので、私らがお社守らねば…」なんて、ほのぼのした話を聞かされたこともあります。
なんか、そんな日本人の精神性って好きですよ。
さて、ここまで「無」が「の」であることを前提に、どうして出雲に神様が集結する話になったのか?
ここで思い浮かぶのが、伊勢講や出雲講です。
「一生に一度は伊勢参り」
江戸時代に御師たちが伊勢信仰をPRして全国を歩きました。
これが現代にも続くお話ですね。
対して出雲にも出雲講がありまして、「十月(旧暦)には、八百万の神々が出雲に集まる」という伝承を御師たちがPRして歩いたわけです。
ただし、神々が出雲に集まる話そのものは、江戸時代よりも前、平安時代末期の文献に既に見られるそうです。
伝承が生まれたことと、それを全国に広めたことは、分けて考える必要がありますね。
まぁ、神社がお米の集積所を担っていた一面もあったわけですし、沢山の米や他の供物を持ってお参りに来てくれないと運営もままならないわけです。
実は明治時代初期まで、「出雲大社」は「杵築(きづき)大社」と呼ばれていました。
ここからは、出雲の地にある、もう一つの神社のお話です。
詳しい説明をすると長くなってしまうので省略しますが、
伊勢の神宮は「日の本の昼を守る」、出雲の日御碕神社は「日の本の夜を守る」と伝えられています。
昼も夜も守る神様がいなければ、この世は成り立たないということ。
勘の良い方、気・づ・き、ましたねw
夜の神と言えば「月読尊」では?
はい、日御碕神社の末社に月読神社があるのですよ。
ただし、「夜を守る」という日御碕神社の「日沉宮」に祀られているのは、天照大御神です。
また、日没の景色で知られる稲佐の浜があり、日御碕神社には、天照大御神を祀る下の宮「日沉宮」と、素戔嗚尊を祀る上の宮「神の宮」があります。
単に昼夜という話ではなく、相対するこの二つが、この国を守っているということでしょう。
出雲という言葉は、私は律令制度が出来た時に、大和王権が作った言葉だと思っています。
何故ならば、徳島県の阿波忌部氏の地に「出雲神社」があり、奈良県桜井市「大神神社」の東側に出雲という地があります。
そして、京都亀岡市には「出雲大神宮」がある。
「えっ?大社に対して大神宮ですか?」
社名を見比べるだけでも、気になるところですね。
ただし、現在の「大神宮」「大社」という名称だけで、社格の上下を判断できるわけではありません。
延喜式神名帳では、亀岡の出雲大神宮も、島根の杵築大社も名神大社です。
じゃ、島根出雲は?
もちろん、大社の巨大な柱の跡や、島根出雲地域では銅剣、銅矛がたくさん出土しているので、国の形は、間違いなくあったでしょう。
ただし、発掘された大社の巨大柱は鎌倉時代の造営に伴うものと推定され、弥生時代の青銅器とは時代が異なります。
憶測ではありますが、巨大神殿は古来建替えが行われて来たという見かたもあります。
私の推測では、国譲りに出てくる背の高い大社は、日本海を監視する物見櫓や敵対国を威嚇するための建造物だったのではないか?
また、そこに日本海の防衛拠点としての軍事力を集結した根拠の数々とみています。
つまり「出雲」は大和王権のグランドデザインの一部と考えるのが正しいのでは?
なので、私は初期、中期、後期と出雲を分けて見ています。
遷都をすれば、きっと故郷の地の名をコピーしたでしょうね。
昔の天皇は即位すると、宮を遷したと言われます。
そうやって日本の歴史を辿ってゆくと、いつまでも解決しない「邪馬台国」「卑弥呼」「台与」や、「欠史八代天皇」「豊受大神」も、おぼろげではありますが、神々のストーリーの類似性を見つけることが出来ます。
言ってしまえば記紀神話には、海外の神話を参考にしたであろう話も多々あります。
一例ですが、天地創造の七日間と、日本の神世七代。
他にも陰陽五行、木火土金水に日と月を加えたら、我々が見ている一週間の曜日ですね。
色々と影響を受けていると考えます。
もちろん、神の名前に当てはめた、この日の本で活躍した実際の人物は誰なのか?
それは全然分かりません。
という事で、来年3月を楽しみに「出雲」の勉強も続けていこうと思います。

余談ではありますが、熱狂的な歴史ファンや、歴史学者って持論を曲げないんですよw
「そんな考え方もあるんだ」と身を乗り出してくる人は少ない。
そりゃ、「邪馬台国」が見つかるわけがない。
自分の主張を下げなければ、相手の考察を否定するばかりではね。
九州も畿内も徳島説も、きっと全部、邪馬台国ですよ。
三十カ国程度をまとめていたんでしょ?
初期の大和王朝に似た話ですよね。
その女帝が誰か?
記紀にそれらしい人物が居るのです。
まぁ、素人考察と笑っていただければ結構です。
時に年代が符合しないって話も出てくるのですが、尾張の地を見て歩いただけでも、全然、符合しませんよ。
そもそも春秋説あり、口伝、風土記やら、カレンダーと時計でも持って記録してたんかいとツッコミ入れたくなりますw
いつも言いますけど、サイエンスを交えないと、それは創作ファンタジーですからね。
例えば、今の海抜地図で話することが、既に片手落ちなのですよ。
私、理系なので類似点や相違点とか調べるのが生業でしたので、歴史を見る時にファンタジー寄りでもなく科学的根拠を突き合わせ見るようにしています。
もちろん、創作物も楽しいですが、しっかりと両立して歴史を楽しみましょうと思う次第です。
さて、出雲ではどんな発見があるのか、今から非常に楽しみです。
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