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邪馬台国論争には決着がついている

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又、色々な発掘調査で「九州だ」「畿内だ」とやってますけど、これって地震研究とか同じで、東大派や京大派の史学者の利権や金儲けの様な気がしてならないのです。

研究費用って音頭取っているところにお金が動く訳で、それらしい本を出しては金儲けって事じゃないでしょうかね?

 

昨今では、ゲノム解析ミトコンドリアDNA解析も進んでいるので、真実は分かっていても、あえて避けている様な気がしています。

 

写真の本は一部ですけど、色々な本を読んで、私が感じている内容のまとめです。

 

1.邪馬台国はあったのか?

→ありましたが、邪馬台国ではなく倭国でしょう。魏志倭人伝の言葉は中国から見た日本を貶んだ文字で表現したと推測します。

日本は倭国から大和政権が誕生する時には大和国。そして日本となったと思います。

 

2.邪馬台国は九州か畿内か?

→どちらも倭国でしょう。ただ、まだ完全に統治された国家ではなく、それも首都の様な機能の倭国は阿波徳島辺りが始りと考えます。

現代の日本でも、各地の首長が勝手な事を言ってますよね。

初期の倭国は、九州筑前は外交貿易国防拠点。畿内は阿波からの遷都先と考えます。

神武東征は四国の阿波徳島からの遷都の事と私は考えています。

坐神社が畿内に多いのですね。なぜ坐なんでしょうか?本意は朝廷直轄とは違うと思います。

四国の白鳳地震中央構造線沿いに紀の川市から橿原市辺りへと都を畿内に移し、その後、北陸から山陰を外交拠点としたと思われます。

グーグルマップを眺めて見て下さいね。地理的に面白いですよ。

舞鶴の元伊勢神社や真名井神社。そして豊受大神の意味です。どの天皇の時代の話だったでしょうかね?

畿内に移った都から、九州は遠く北陸が近くなりましたよね。

 

更に伊邪那岐伊邪那美の国生み神話では、淡路島、四国と続くのに、瀬戸内をどうして避けた様な話ばかりが多いのでしょうね?

大和政権となり、国を平定するには各地に神話のコピーが必要だったのは、日ユ同祖論からも明白でしょう。

 

3.卑弥呼は居たのか?

→居たと考えますが、国を統治する皇祖神の事では無いと考えます。

天照大御神と同一人物でも無く、神と話が出来るのは古来、巫女だけとされているので、皇祖神天照大御神に仕える巫女。太陽神に仕える巫女なので日巫女。

卑弥呼が閉じこもったまま、人と会わず弟としか話をしなかったのでは無く、天照大御神の神託を伝える巫女で、反対の話であった可能性を含む作り話かもしれないです。

皇祖神天照大御神男神とされる文献や文化が残っており、世界的に太陽神が女性と言われところにも違和感があります。

そして邪馬台国同様、日巫女も中国から貶んだ文字で表現された。

役割としては官房長官みたいなところで、中国が勝手に倭国を統治する人物とした可能性も大です。

もしかすると鬼道を操る巫女は、天照大御神の12人の妻の中から、正室とされる瀬織津姫であったかもしれません。天照大御神の神託が瀬織津姫の言葉と思える節も多々、存在します。

 

4.天孫降臨の地は?

→阿波徳島と考えます。天皇即位の儀、新嘗祭において天皇が着用するアラタエは、現在に至り徳島産に限られています。

神宮大麻と言われる程、麻の持つ意味は皇祖神天照大御神天皇の始祖とするところでも神格化する上でも重要視されています。

天孫族と言われる渡来系民族が、九州筑前の土着の縄文系民族との争いを避けて、瀬戸内を進んだ事は国生みの神話にもそれとなく表されているし、全国を見ても伊邪那美神社は淡路島にしかありません。

 

5.記紀風土記の信憑性は?

古事記日本書紀も都合よく編纂されたものです。

その時の主権を握るものが、都合の良い歴史に置き換えるのは、どこの世界でも同じですね。

特に女系天皇が受け入れられないところに、持統天皇藤原不比等の作為の強さ感じます。

そして注目したいのが、阿波風土記が消されてしまったり、その後も徳川光圀時代や明治初期においても、それらに関わる調査記述が存在していたのにもかかわらず、失われてしまったり、筆者が何者かに殺害されたところにも、何か阿波に関する意図的なものを感じますね。

 

その他にも、中大兄皇子中臣鎌足持統天皇藤原不比等武内宿禰に関わるところでは、歴史を大きく捻じ曲げられた痕跡がありますし、明治時代においては、天皇の出自に関わるところに手を加えた形跡もあります。明治以降には大祓詞にある瀬織津姫を各地の神社から消し去ったり、橿原神宮出雲大社も明治時代の建造物です。

瀬織津姫伊勢神宮内宮の荒祭宮にはその名を残します。兵庫の廣田神社は表向きは天照大御神ですが、地場の方は明治以降に瀬織津姫が消されてしまった事を知っています。

 

そこには縄文時代から弥生時代にかけて混血した多民族の日本のルーツ、特に天孫族に都合の良くない事があったのでしょうね。

 

これらのことから素人考察ながらも、タイトルの様に判断する私の根拠であります。

 

遠く大陸から陸路や海路を使って日本に辿り着いた祖先も調べると、とても興味深く面白いですよ。一例ですけど、朝鮮半島に民族が突然現れるのはアカホヤ火山の噴火後の頃のことです。

縄文人が日本から朝鮮半島へ渡ったと考えて間違いなさそうです。

朝鮮半島の民族と大和民族はゲノムの繋がりは薄いので、高句麗新羅辺りはチンギス・ハーン辺りの民族でしょう。

チベット高原の民族や縄文海進で水没したスンダランドと大和民族のゲノムが近い事も分かっています。

稲作についても米のゲノム解析で、今までの常識は覆りそうですよ。

 

日本の歴史上、注意して見なければならないのは、アカホヤ火山と縄文海進、倭国大乱、白鳳地震あたりだと思います。

 

私の旧石器時代縄文時代の勉強も徐々に進んでいて、意外な研究結果に驚きつつも楽しくやってます。

古代史において重要なのは、やはり科学的な根拠に限りますね。

それらの研究結果を見ながら、日本のルーツを知るって、とても面白いですよ。