今日の客人からの質問です。
「本屋さんで、本のタイトルに気の力とかあったのが、メじゃ無くて米なんですけど、何か深い意味があるんですか?」
いやいや、人に尋ねる前に、今の時代、スマホに「シュークリームのシューって何?」って聞けばキャベツと教えて来れるんだろうよwww
ググってみれば、どうやらこの本の様です。

答えは超簡単ですね。
「気」の旧字体です。
「何か意識高い系の文字ですか?」ってさ、あのね、逆に貴方、勉強不足の◯◯系でしょwww
合氣道の道場とか、米の方を使う事も多いので、作者を調べるとやはり合氣道関連の方の様です。

きっと私が神社や神様のお話をするので聞いてみたかったのでしょうけど、これには諸説ありますが、戦後GHQによって封印された文字がいくつもあって、「氣」も「気」に改められたひとつと言われています。
GHQにはアルファベットを日本に定着させたかった思惑もあったみたいですけどね。
真相は分かりませんけど、GHQは戦後の日本国民から、「氣」を封じ込める為に、「気」としたと言われるのが俗説です。
確かに日本人には、元気の源はお米でしょうから、氣を封じ込める思惑として〆(閉じる)なんでしょうな。
ある意味、それくらい日本人の精神性を恐れていたのかも知れません。
昨今の米問題や洋食化も、こんなところからも考えされられますね。
実は神社参拝の二礼二拍手一礼にも、封印の要素があるとも言われます。
だからと言ってニワカ知識で勝手なことはしないようにね。
誰も居られない境内か、自宅の神棚でお試し下さい。
昔は仕事の書類に、「氣」の文字もあれば「气」の文字もありました。
まぁ、上司には敗戦直後の困難な時代の経験もあるでしょうし、メは馴染まないと言うか、識者には許せない人も居たとは思います。
因みに客人と二人で、スマホでググって見れば似たような話もありましたし、中には気持ち悪いとか、スピ系御用達とか批判的な意見も出て来ますねぇ~。
いやぁ~、逆に物事を知らな過ぎる◯◯と思いますよw
だからと言って、私が神社や神様の説明をする時、「氣」を使うかと言えば、何か理由が無い限りは普通に新字体である「気」を使っています。
神域等で見掛ければ、なるほどって思うくらいですよ。
北陸の氣多神宮、越の氣比大社、いずれも「氣」ですよね。
確かに意識の高い方が参拝されるでしょうけど、俗欲にまみれた方も参拝されますわなw
高いとか低いって話じゃないでしょ?
他にも史跡の石碑などの旧字体には、隠された歴史の痕跡があったりするので、いつも学ぶ姿勢は忘れずにね。
例えば私の名前の藤にしても、新字体では草冠は横一本ですけど、印鑑とか、旧字体の真中が切れているものもありますし、月も形が違えば、右側の点々のツノの部分がハの字の書体もあります。フォントデザインじゃないですよ。
職場には「關(せき)」を「関」と略している方も居られれば、それこそ斉藤さんの「斉」の字の例もありますわな。
日本人ならば、この「氣」の字を見掛けたら、やはり氣の源は米なんだなくらいの意識を、どこかに气(きがまえ)として持っても良かろうと私は思いますよ。
普段は新字体の「気」って書いておけばいいじゃん!